裁判長、ナイス!

相模原殺傷事件の植松被告に死刑判決が出たとのニュース。事件のあらましはネットで見てもらうとして、このニュースのポイントは植松被告が「最後に一つだけ」と挙手して発言をしようとしたところ、裁判長が認めなかったことである。

ゴーン氏の保釈を許した裁判所には国内外から多くの批判が集まったが、今回の裁判長の判断は私は素晴らしいと思う。最後に何を言いたかったか?今後の治安維持や犯罪捜査の為の研究の為に聞きたい部分もあるだろうが、それは死刑を待つ間に他の誰かが聞くか、死にゆく際に宣教師が聞けば良いと私は思う。

私は世間で言う良識のある市民ではない。被害者感情を盾に正義面して犯罪者を叩くつもりもないし、世間に対する怒りを抱える意味ではもしかすると中身は被告と同じ側の人間かも知れない。ただ、何故に彼らと同じ行動をとらないかというと、それは無関係の弱者の無念と、その家族の悲しみを感じることができるからである。

弁護士は大麻のせいで責任能力がないと主張した。弁護士もイヤな仕事である。少年にしてもジャンキーにしても、このヘンに憲法とか刑法の限界があるのだが例えば、狂暴なゴリラが街に出て殺戮を繰り返したら殺処分である。死刑制度の是非の議論はあるかとは思うが、弁護士は少しでも罪を軽くしたかったのだろう。

が、ここで言いたいのは発言の機会というのはそれだけ尊い機会である、ということである。意思疎通ができない患者もいたかも知れないが一方的にその権利を含む全ての権利を奪っておいて、「最後に一つだけ」と発言の機会という権利を与えることは許されないと私は思う。

私も私に降りかかる不条理の積み重ねの上で誰かが幸せになってると思うし、私が色々と負けた分で誰かが贅沢をしてると思っている。そういうタイプの人間だが、それでも酒やクスリをくらって刃物を振り回そうと思わないのは、好きなことを発言をしたり、好きなことをしたり、好きなモノを食べたり、私にはまだそういう権利や自由があるからである。

その権利を奪うものに、その権利を主張する資格はない。裁判長、ナイス!








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